不動産売却は、単に不要な物件を現金化するだけの行為ではありません。実際には、物件の欠陥に起因するトラブルや損害賠償請求など、売主側に思わぬリスクが発生するケースもあります。特に中古住宅の取引では、売却後に発覚する不具合への責任が問われる場面も少なくありません。
そうした責任を明確に定める制度として、2020年の民法改正により導入されたのが「契約不適合責任」です。従来の「瑕疵担保責任」に代わり、より明確なルールに基づく仕組みとして設けられました。
この記事では、契約不適合責任とは何か、旧制度との違いや、売主として注意すべきポイントを分かりやすく解説します。
「民法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律」による関係法律の改正による条文の変更(国土交通省資料「住宅業界に関連する民法改正の主要ポイント」より引用 | ||
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法律 | 改正前文言 | 改正後文言 |
消費者契約法 |
又は当該瑕疵を修補する責任」 |
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建設業法 | 「瑕疵」 | 「種類又は品質に関しての契約に適合しない場合における不適合」 |
住宅の品質確保の促進等に関する法律(品確法) | ・瑕疵 | 「「瑕疵」とは、種類又は品質に関して契約の内容に適合しない状態をいう。」旨の定義規定を新設 |
宅地建物取引業法 | ・「瑕疵」 | ・「種類又は品質に関しての契約に適合しない場合における不適合」 |
特定住宅瑕疵担保責任の履行の確保等に関する法律 | 瑕疵 | 「瑕疵」の定義規定を新設(品確法で新設する「瑕疵」の定義規定を引用) |
損害賠償請求権 |
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また、2020年4月1日に民法が改正され、瑕疵担保責任は契約不適合責任に替わることとなりました。
契約不適合責任とは何かや、民法改正以降に適用されている法制度の内容について説明もしていきます。
契約不適合責任とは?
契約不適合責任とは、売買契約の内容と異なる状態で物件を引き渡した場合に、売主が買主に対して責任を負う制度です。
2020年4月の民法改正によって導入され、従来の「瑕疵担保責任」に代わる形で適用されるようになりました。
両制度の違いを簡単にまとめると、以下のようになります。
- 契約不適合責任:契約書に記載された内容と実物が異なる場合に責任が発生
- 瑕疵担保責任:見えない欠陥(隠れた瑕疵)が引き渡し後に見つかった場合に責任が発生
旧制度では「隠れていた欠陥かどうか」が争点となっていましたが、新制度では「契約内容に適合していたか」が基準となり、売主にはより明確な説明責任が求められます。
項目 | 瑕疵担保責任 | 契約不適合責任 |
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責任が発生する基準 | 引渡し後に「隠れた瑕疵」が発覚した場合 | 契約内容に「適合していない」と判断される場合 |
売主の義務 | 瑕疵の存在を隠していなかった場合は責任を免れることが多い | 契約書に明記されていない不適合は基本的に売主責任となる |
買主の請求権 | 損害賠償・契約解除のみ | 損害賠償・契約解除・追完請求・代金減額請求 |
通知期限 | 通常は引渡しから1年以内 | 買主が「不適合を知ってから1年以内」 |
また、契約不適合責任では修補請求や代金減額請求など、買主が選択できる権利が増えた点も特徴です。
このため、売主は契約書の作成段階から、不動産の状態を詳細に確認・記載することが重要になります。
不動産の「瑕疵」の種類
「瑕疵」とは、一般的に不動産に存在する欠陥や不具合を意味します。
ただし、瑕疵とされる内容は建物の物理的損傷にとどまらず、法律上や心理的・環境的な問題も含まれるため、その範囲は非常に広いです。
契約不適合責任の適用範囲を理解するためにも、瑕疵がどのように分類されるのかを把握しておく必要があります。
ここでは、不動産取引で問題となる主な4種類の瑕疵を紹介します。
物理的な瑕疵
建物そのものに欠陥があるケースで、構造・設備・耐震性などに問題がある状態です。
売主自身も気付きやすい欠陥であるため、契約前の調査・報告の徹底が求められます。
法律的な瑕疵
現行の建築基準法や都市計画法に照らして法的に問題があるケースです。
例えば接道義務を満たしておらず再建築できない土地である場合、見た目では判断できないため、事前に登記・役所調査が必要です。
心理的な瑕疵
物件の使用自体に問題はなくても、精神的に抵抗を覚える事情が存在する場合です。
心理的瑕疵は告知義務の有無が個別判断になりやすく、トラブルも多いため、売主側の対応には注意が必要です。
環境的な瑕疵
物件そのものに問題はなくても、生活環境に支障がある場合に該当します。
具体的には、工場の騒音、鉄道や道路による振動、隣接地に暴力団事務所や宗教施設があるといったケースが典型例です。
契約不適合責任が導入された目的・理由
2020年4月の民法改正により、不動産取引において従来の「瑕疵担保責任」に代わり「契約不適合責任」という新制度が導入されました。
今回の改正は、法制度のわかりやすさ・合理性を高めるために実施されました。
- 従来の「瑕疵」の定義が不明確で、トラブルの原因となっていた
- 「隠れた瑕疵」という表現が、具体的にどのような状態を指すか曖昧だった
- 不動産売買の国際化・多様化に対応する必要があった
契約不適合責任制度は、消費者保護の視点を強めた制度であり、売主がより慎重に物件状況を開示し、契約書に明記しておく必要があるという点が重要です。
契約不適合責任によりルールの明確化がなされた
瑕疵(欠陥)とは、言ってしまえば「普通はそうであるべき状態に比べて、劣っている状態」という事ができます。
ただ、何をもって瑕疵とするかの感覚は国によって違いますし、同じ日本人でも違います。
そのため、従来の制度下では、瑕疵と見なされるか、売主は瑕疵と認識して故意に隠したかなどはは大きな問題であり、裁判となるケースも多くありました。更に現代の多様化社会・国際化社会では、瑕疵という通念への齟齬はより多くなると考えられます。
一方で、契約不適合責任では契約内容と齟齬があるかどうかが争点になるので、認識の違いによる問題が起こりにくくなっています。
”隠れた瑕疵”という概念がなくなった
旧制度では、隠れた瑕疵という概念がありました。
これは引き渡し前に売主が知らず、買主も通常の注意では気づけなかった欠陥(床下の配管漏れなど)を指し、売買目的を果たせないほどの大きなトラブルでないと判断される場合は売主側の免責になっていました。
ただ、実際に瑕疵が発見された時、隠れた瑕疵かどうかを判断するのが難しく、また売主側・買主側仲介業者も事前にどこまで瑕疵をチェックすれば良いか分からないという課題がありました。
契約不適合責任の場合は契約内容と齟齬があるかどうかが問題点になるので、隠れた瑕疵という概念はなく、売主側は契約内容を今まで以上に明記する義務※が増えました。
契約不適合責任で買主が持つ5つの請求権
契約不適合責任では、買主が売主に対して行使できる法的な請求権が明確に定められています。主に以下の5つの請求権があり、それぞれ行使できる条件が異なります。
追完請求
追完請求とは、想定した完全な状態になるよう、請求することが出来るという制度です。
例えば、契約内容を読んだときに「雨漏り・シロアリ被害のない家」を購入したつもりが、実際はこの2つの欠陥が見られた場合、買主は「雨漏り・シロアリ被害のない家になるまで修理」することを請求できます。
契約内容に基づき、乖離が発生している場合は、そのギャップが0になるまで売主に請求できるというのが追完請求です。
代金減額請求
追完請求が高額になり過ぎる場合や、ただちに修理が出来ない場合は代金減額請求をすることが出来るようになりました。
つまり、争点となる欠陥が直せる場合は追完請求、直せない場合は代金減額請求が適用されるようになります。
催告解除
追完請求に応じない場合は代金減額請求が可能ですが、中には「代金が安くなっても欠陥物件は買いたくない」という方も多いです。
そのため、追完請求に相手が応じなかった段階で購入を拒否することができます。これを催告解除と言います。
無催告解除
特別な事情がある場合には、催告なしで即時に契約を解除することも可能です。
ただこれは、契約が不履行になる場合に行使できる権限なので、不具合が生じた時(契約はできるが、契約書通りではない)などは催告解除がおこなわれます。
損害賠償請求
不適合によって損害を被った場合、買主はその補填を売主に求めることができます。
ただし、これは売主に「帰責事由(落ち度や過失)」があることが前提となります。
契約不適合責任では信頼利益を損なわれた場合(契約内容を信じて損失を被る)の他、履行利益を失った場合(契約履行で得られる利益を得られなかった)にも損害賠償請求が可能となります。
つまり、損害賠償請求ができる範囲は契約不適合責任のほうがずっと広くなっています。
契約不適合責任で重要な「責めに帰すべき事由(帰責事由)」とは?
契約不適合責任を調べる際に、良く出てくる言葉が「責めに帰すべき事由」です。
これは、契約不適合になった理由が売主・買主のうちいずれかの過失(故意の秘匿など)かどうかということを表しています。
- 売主からの報告と、実際の不動産の状況にズレがあった
- 売主側の不注意による物件の欠陥などを隠していた
- 売主によるタバコの不始末などで、引渡しが無効になり、売主の過失が認められた
- 契約後に発覚した欠陥が、売主側で知り得ない内容だった
- 契約後に発覚した欠陥を、売主側は知らなかったことが証明できた
- 不慮の事故(自然災害による倒壊)などで、引渡しが無効になった
瑕疵担保責任の場合、物件に損失があっても売主側に「責めに帰すべき事由」がなければ、請求をするのが難しい側面がありました。
しかし、契約不適合責任の場合は追完請求、代金減額請求などは、責めに帰すべき事由がなかったとしても請求が可能になっています。
買主→売主への請求は、状況によって下記のように請求権が定められます。
買主に帰責事由がある | 売主に帰責事由がある | 買主・売主いずれも帰責事由がない | |
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追完請求 | 請求できない | 請求できる | 請求できる |
代金減額請求 | 請求できない | 請求できる | 請求できる |
損害賠償請求 | 請求できない | 請求できる | 請求できない |
契約解除 | 請求できない | 請求できる | 請求できる |
契約不適合責任制度下で売主が注意すべき点
注意点1】特約・容認事項を詳細に書く
売買契約書は似たようなフォーマットを元に作成されることが多いですが、その中に特約・容認事項という欄があり、個別のケースに基づいて例外などを記入することが認められています。
ここをしっかり作成することで、売主は自分を保護することができます。
旧耐震基準の物件である、騒音がするといった内容をしっかり容認事項に記入しておきましょう。
注意点2】設備に関する免責事項を明記する
例えば築10年の中古物件を売買してから、築20年になるまでに起こりうるであろう自然な劣化は常識的に考えて売主の責任ではありません。
ただ、物件の付帯設備に関してはその通りではありません。
築古ということを容認事項に記載しても、付帯設備の劣化・故障を含んでいる訳ではないので、個別に「設備の故障に関しての責任は一切負わない」という旨を明記しておく必要があります。
注意点3】瑕疵保険や住宅診断(インスペクション)の活用
売主が契約不適合責任のリスクを減らす手段として、事前の住宅診断(インスペクション)を実施することも効果的です。
第三者による検査を受け、その結果を契約書に反映すれば、後のトラブルに備えることができます。
また、瑕疵保険(既存住宅売買瑕疵保険)に加入することで、売主に過失がない場合の損害も保険でカバーできます。
個人間売買では保険料は売主が負担するケースもありますが、安心材料として活用されるケースが増えています。
これらの対応により、契約不適合が発生した際にも「売主に責められる事由がない」と認められやすくなり、損害賠償請求のリスクを大幅に減らすことが可能です。