不動産鑑定士は国家資格を持つ人達で、国全体の地価バランスを形成するという重大な役割も担っています。
不動産売却の初期段階で、こうした鑑定士に査定を依頼するか、業者に依頼するか迷ったという経験談も多いです。
そこで、この記事では、不動産売却前の査定は鑑定士と業者。どちらに依頼するのがおすすめなのかを解説していきます。
不動産鑑定の内容と意義
不動産鑑定士に依頼して算出する価額を、不動産鑑定評価と呼びます。
【第一章第二条】この法律において「不動産の鑑定評価」とは、不動産(土地若しくは建物又はこれらに関する所有権以外の権利をいう。以下同じ。)の経済価値を判定し、その結果を価額に表示することをいう。
広義の意味では不動産会社が売買時におこなう無料の価格査定なども入りますが、一般的には不動産鑑定士(不動産鑑定業を生業としている人)が算出した鑑定評価のみを指します。
不動産鑑定は、不動産の経済価値を専門家が判定して、それを様々な場面で活用することを目的としています。
不動産鑑定の意義
市場における不動産の価値は下記の要因から、公平な価格を算出するのが難しくなっています。
- 個別性が高く、価値を単純に比較できない
- 取引市場が狭く、かつ法制度などで制限されている
一般的な商品であれば市場が形成されて公正な金額設定がなされるのですが、不動産の場合は上記の理由から市場のメカニズムが上手く形成されにくい面があります。
そのため、不動産の時価を公正に算出したい時は、「もし正常に市場が形成されていた場合、不動産の価値は金額換算でいくらになるか」という手法で評価額を計算する不動産鑑定が有効です。
不動産鑑定と不動産会社による無料査定の違い
不動産鑑定と不動産会社の無料査定は、どちらも目的はそこまで違いはありません。
ただ、不動産鑑定が前述の通り「市場のメカニズムが形成されていた場合に仮定で算出できる価値」の計算を目的としているのに対して、不動産会社の無料査定は目的が完全に統一されている訳でなく、下記のような目的で算出されるケースもあります。
- その会社の営業力も加味して算出した、売却見込価格
- 見込価格帯の中で、達成が見込める上限の売却見込価格
- 周辺の売り出し状況を加味した売却見込価格
- 他社の見積もりも加味して算出した売却見込価格
不動産会社の無料査定では、いくらで売買されるかを算出するケースも多いですが、この場合は各社の営業実績や売却経路によっても変わってきます。
また、適正価格を査定額として算出するのかどうかについても、不動産会社の考え方によって異なります。
不動産会社に無料査定を依頼する場合は、上記の背景を加味した上で、必ず複数社の査定額を比較するようにしましょう。
不動産鑑定がおこなわれる主な例
不動産鑑定は個人が依頼するケースは少なく、多くは公的機関や企業(法人)からの依頼となります。
その中でも、不動産鑑定が用いられる主なケースを紹介していきます。
法人と経営者間の不動産売買
法人と、その法人の経営者の間で不動産取引をおこなうケースもあります。
個人がおこなう不動産売買では無料の査定を利用するケースが多いですが、無料査定は適正価格とのズレが起こりやすいものでもあります。
結果的に、適正価格よりも大幅に低い価格で取引を行うことになった場合、脱税とみなされるリスクも発生します。
こうしたリスクを回避するために、不動産鑑定が利用される例が多いです。
不動産の証券化
不動産の証券化とは、不動産から生じる賃料・売却益などを原資として社債・株式を発行する仕組みのことです。
証券化によって土地・建物はそのまま利用しつつ、資金調達や企業価値を高めることが同時にできると言われています。
不動産の証券化は、適正価格(鑑定価格)を元におこなわれることが多いです。
裁判所や税務署へ提出する立証資料
裁判などで自身の資産価値を証明する必要がある場合や、税金の申告漏れの有無を確認する場合なども、不動産鑑定の結果は立証資料として有効です。
企業会計での時価評価算出
近年、不動産を含む企業の金融投資は、財務諸表に時価で書き込まないといけないという仕組みになっています。
時価評価も企業にとっては重要な数字で、実際との乖離が起こると大きな損失に繋がる可能性もあります。
そのため、時価評価を算出する際も不動産鑑定士に依頼することが多いです。
個人が不動産鑑定を依頼すべきケース
不動産鑑定を個人が依頼すべきケースは、不動産会社へ依頼する無料査定と比べて、多くある訳ではありません。
その中でも、不動産鑑定を依頼したほうが良い状況をケース別に紹介していきます。
複数の名義がある不動産の贈与・売買
親から相続された物件など、家族・親族ら複数人で所有している物件を贈与・売買する際は、不動産鑑定士に依頼して正確な価格を算出してもらうことを推奨します。
共同名義の不動産は、贈与をする際には贈与税が発生し、権利の割合(持ち分)に応じて納税義務が各人に生じます。
不動産売買でも、諸費用・税金の支払いは物件の価格から持分割合に基づいて計算されます。
不動産鑑定士に依頼して出来るだけ正確な価格を算出しないと、トラブルが発生する可能性もあるので注意が必要です。
離婚による財産分与
離婚による財産分与は、自宅などの不動産も対象になります。
財産分与は、大きく分けて以下の2通りの方法があります。
- 家を売却して、代金を50%ずつ分与(共有者が2人の場合)
- 片方が家を所有し、もう片方に物件価格の50%を付与(共有者が2人の場合)
いずれの方法を選ぶにせよ、トラブルを回避するためには物件の正確な価格を知ることが重要になるため、不動産鑑定士に依頼することをおすすめします。
相続した物件の分割などの処理
相続物件を含む財産を複数人で分割する際なども、正確な物件価値の算出が必要になります。
相続財産の分割は、全ての相続財産の価値を合計した上で、分割された権利の割合に応じて分与されます。
大抵の場合は不動産が最も高額な相続財産となるため、正確に価格を算出しないとトラブルに繋がりやすく、注意が必要です。
相続税の節税目的
鑑定価格は無料査定と違い、証明目的で公的な書類でも記載をすることが出来ます。
このことを利用して、鑑定価格を節税に利用することも可能です。
例えば、相続税は相続税路線価をもとに算出されますが、この価格は物件の時価(実勢価格)よりも高値になりがちです。
この場合、ケースによっては鑑定価格を一緒に申告すれば、相続税が節税できることがあります。
不動産鑑定額の元となる6つの鑑定評価
不動産鑑定士が算出する鑑定評価は、何を目的とするかによって6つの評価に分かれます。
- 地価公示
- 相続税路線価評価
- 固定資産税標準地評価
- 売買見積もり価格・家賃収益の見積もり価格
- 資産評価
- 担保評価
ここからは、それぞれの評価について、一つずつ確認していきます。
地価公示
地価公示法に基づいて国土交通省土地鑑定委員会が毎月3月下旬に公表する土地評価です。
全国にある3万数千地点ある標準地に毎年1月1日時点を基準日として、1つの標準地に2名以上の不動産鑑定士が鑑定評価を行い、算出した価格を土地鑑定委員会が判定します。
判定された価格は、毎年3月下旬に公示されます。
この地価公示は、不動産売買の価額や不動産の資産価値などの目安となります。
相続税路線価評価
主に土地の相続税評価額を算出するための調査・計算です。
特定の地域の相続税評価を路線価から求め、その上で土地の面積に応じて評価額を算出します。
ただし、上記の計算では土地ごとの個別性に即していないケースが多いので、奥行価格補正・側方路線影響加算といった修正がおこなわれるケースがほとんどです。
相続税評価額に基づいて、土地の相続税や贈与税が算出されます。
固定資産税標準地評価
その名の通り、不動産の固定資産税を算出するための価額のことを指し、一般的には時価(実勢価格)の7割前後となります。
この評価額は現況の地目に応じた評価で算出された金額であり、この金額を元にして、課税標準額が算出されます。
固定資産税の課税標準額に税率をかけた値が、相続税の課税額となります。
売買見積もり価格・家賃収益の見積もり価格
不動産売買の査定価格や、不動産投資を実施した際の賃料収益の見積もりも、鑑定評価に含まれるケースがあります。
ただし、前述の通り不動産会社に無料査定を依頼することがほとんどなので、この用途で鑑定士を利用するケースはあまりありません。
資産評価
資産評価とは、主に企業会計で、その企業が所有する資産の時価を算定することです。
評価の基準と計算方法は以下の3種類が代表的です。
- 原価基準:取得原価から経過年数を考慮して算出
- 時価基準:市場価額に基づき時価を算出
- 低価基準:原価基準と時価基準のうち、低い方を採用
不動産の場合は、原価基準を使うケースが多いです。
担保評価
住宅ローンなどの融資を受ける際に、担保となる不動産の、担保としての評価額となります。
担保評価は、時価×掛目で算出されるのが一般的です。
この掛目は、住宅ローンごとの特徴や保障・保険の内容・有無によって決まります。
不動産鑑定の3つの方法
不動産鑑定は、不動産の価値を測るために3つの指標が使われます。
3つの指標のうち1つを採用したり、場合によっては複数を組み合わせたりして算出します。
ここからは、それぞれの方法の違いを紹介します。
原価方式(積算価格)
中古物件を建てるにあたって、どれくらいのコストを投じたかを基準に価格を算出する方法です。
コストが高額になるほど評価は高くなり、そこから減価償却などを考慮して金額が調整されます。
建物に広く使われる手法ですが、土地には使うことが出来ません。
比較方式(比準価格)
過去の評価額や同一エリアの物件の評価額などを参考にして算出する方法です。
売買が目的の場合などに広く使われる方法で、一般的には同一エリアで状況が類似している建物や土地のデータを元に、築年数や傷・凹みなどの個別要因を考慮して金額を修正します。
収益方式(収益価格)
投資物件に用いられる方法で、その物件の収益性を元に評価額を算出します。
不動産投資の収益評価は、家賃収入によるインカムゲインと、売却によるキャピタルゲインの2種類があります。
不動産鑑定で考慮される3つの要因
不動産鑑定では、大きく分けて3つの要因を考慮して、金額が算出されます。
- 市場・経済・社会情勢など
- エリアの特性
- 土地・建物の特性
ここからは、それぞれの内容を紹介していきます。
市場・経済・社会情勢など
下記のような要素も、不動産の鑑定評価に影響します。
- 災害の多さなど
- 人口の増減
- 不動産取引のルールの改正状況など
- 不動産業界の状況
- 物価の増減
- 平均収入の増減
- 税制の改正
- 都市計画
- 地質・地盤
近年だと、訪日外国人の観光収入が多いエリアが、新型コロナウィルスの感染拡大による渡航制限で、地価が下落したということがありました。
エリアの特性
建物・土地があるエリアの特性も、評価に大きく影響します。
特に影響するのが、周辺環境・アクセス・危険性の3点です。
また、エリアごとに土地の用途が設定されているため、例えば工業地であれば運搬に必要な経路の整備状況、農地であれば日照や温度なども評価に考慮されます。
土地・建物の特性
土地の接道状況や医療施設、スーパーマーケットなど生活に係わる施設との距離、築年数や面積などといった、その不動産が持つ個別性も考慮されます。
投資目的の場合は、空室率や借主との契約状況なども評価に関係します。
不動産鑑定を依頼する際の費用相場
不動産鑑定を依頼すると、不動産鑑定士に依頼料を払うことになります。
不動産の鑑定費用は、鑑定額に応じて支払われることになります。独特な制度ですね。
鑑定費用は各事務所によって独自に定められています。以下がその一例です。
鑑定費用 | 宅地または建物の鑑定評価 | 農地または林地の鑑定評価 | 建物+土地(敷地)の鑑定評価 |
---|---|---|---|
500万円以内 | 181,100円 | 362,000円 | 241,000円 |
1000万円以内 | 181,000円 | 422,000円 | 271,000円 |
1500万円以内 | 196,000円 | 513,000円 | 316,000円 |
2000万円以内 | 226,000円 | 573,000円 | 347,000円 |
2500万円以内 | 249,000円 | 618,000円 | 377,000円 |
3000万円以内 | 264,000円 | 648,000円 | 407,000円 |
4000万円以内 | 286,000円 | 693,000円 | 452,000円 |
5000万円以内 | 316,000円 | 738,000円 | 497,000円 |
6000万円以内 | 346,000円 | 768,000円 | 527,000円 |
8000万円以内 | 392,000円 | 814,000円 | 573,000円 |
1億円以内 | 439,000円 | 861,000円 | 620,000円 |
3000万円以内 | 264,000円 | 648,000円 | 407,000円 |
※出典:株式会社横浜不動産鑑定HP
このような価格感の中で、鑑定費用は変化します。
不動産鑑定の3つの費用形態
不動産鑑定は、各事務所が採用している料金体系やプランの違いにより、大きく3つの費用形態に分かれます。
ここからは、それぞれの内容を紹介します。
報酬基準型
物件の種類や面積などを考慮して設定された費用のテーブルに合わせて、報酬が決まるタイプです。
上記の方法の他に、算出された鑑定評価額に比例して報酬が決まるケースも存在します。
積み上げ型
鑑定に必要な作業に応じて、報酬が決定するケースです。
このタイプは作業ごとに報酬が決まっており、依頼者の要望に応じて作業を組み合わせることで、費用総額が決定します。
定額型
物件タイプに係わらず、一律で鑑定費用を設定しているケースです。
物件によっては損をする可能性もあるので、注意が必要です。
不動産鑑定評価の流れ
不動産鑑定士に不動産鑑定をしてもらう流れについて紹介していきます。
全体の流れは以下の通りです。
- 依頼受付
- 契約締結
- 現地調査
- データ収集
- 評価方法の選択と計算
- 評価報告書の作成
それぞれを詳しく見ていきましょう。
【Step1】依頼受付
不動産鑑定を依頼する際は、依頼者からの評価依頼を受けることから始まります。
依頼者は、評価対象の不動産に関する情報(例えば、物件の場所、規模、構造など)を鑑定士に提供します。
また、評価の目的(販売、買収、賃貸、資産評価など)も明確にする必要があります。
この段階で鑑定士は、依頼者のニーズと目的を理解し、評価プロセスの大まかな方針を決定します。
【Step2】契約締結
依頼者と鑑定士は、評価の詳細について話し合い、契約を結びます。
この契約には、評価の目的、評価報告書のフォーマット、鑑定士の報酬、プロジェクトのスケジュールなどが含まれます。
鑑定士は、この契約をもとに具体的な評価作業を開始します。
【Step3】現地調査
鑑定士は、評価対象の不動産を現地で調査します。
この調査では、建物の状態(例えば、建物の年齢、設備、構造など)、土地の特性(例えば、地形、敷地面積など)、周辺環境(例えば、交通アクセス、周辺の施設など)など、物件に関する多岐にわたる要素が評価されます。
【Step4】データ収集
鑑定士は、市場における同類物件の売買価格、地価公示価格、レンタル料金などのデータを収集します。
集めたデータは、不動産の価値を決定するための重要な情報源となります。
この情報をもとに、市場での不動産の相場価格や、同様の物件がどの程度の価格で取引されているかを把握します。
【Step5】評価方法の選択と計算
不動産の価値は、いくつかの異なる評価方法に基づいて計算されます。
一般的には、比較法、収益法、原価法の3つの評価法が主に用いられます。
鑑定士は、評価対象の特性や市場状況に応じて、最適な評価方法を選択し、その計算を行います。
【Step6】評価報告書の作成
鑑定士は、評価の結果を評価報告書としてまとめます。
報告書には、評価対象の不動産についての詳細な情報、評価方法、データ収集の結果、最終的な評価価格などが明記されます。
この報告書は、依頼者に提出され、不動産の価値を決定する根拠となります。
不動産鑑定に関するよくある質問
不動産鑑定を依頼するには何が必要?
不動産鑑定を依頼する場合は、以下の書類などを自身で用意しておく必要があります。
- 固定資産評価証明か納税通知書の写し
- 登記簿
- 公図
- 地積測量図
- 建物図面
- 建物賃貸借契約書
- 賃貸借一覧表
- レントロール
必要書類は依頼先や目的によって異なる可能性があるので、事前に相談をしましょう。
また、自身で取得するのが難しい書類があれば、依頼すれば鑑定士側で取得してくれるケースもあります。※別途で依頼費がかかる可能性あり
不動産鑑定を依頼してからどれくらいで完了する?
不動産鑑定を依頼してから報告書の作成・共有までは、およそ2~3週間ほどかかります。
ただ、鑑定したい不動産の立地や面積・状況によっては更に時間がかかる可能性もあります。
「できるだけ早めに進めて欲しい」などの要望がある方は、個別に依頼をしましょう。
遠方の不動産も鑑定依頼できる?
依頼先の状況にもよりますが、全国的にネットワークがあるところなどなら、他県の不動産でも依頼することが可能です。
ただし、鑑定士が赴くために発生した交通費は、依頼者側で負担しないといけないケースもあります。
鑑定調査や鑑定結果は周りにバレない?
借金返済や離婚など、周囲にバレたくない目的で不動産鑑定を依頼するケースもあります。
また、不動産の所有者以外から、「所有者にバレずに鑑定をして欲しい」という依頼があることもあります。
基本的には上記のような要望を受け入れてくれますが、この場合は所有者に見つかる可能性のある箇所などの調査が出来なくても鑑定士は責任を負いません。
また、依頼後も守秘義務により、鑑定士が周囲に情報を漏らすことは禁止されています。
鑑定価格の正当な評価としての効力はいつまで?
鑑定結果を用いて不動産の評価額を証明する必要がある場合もありますが、基本的に鑑定評価は調査日の不動産価値を証明するものです。
様々な要因によって評価額は変化するので、基本的には調査日以外の不動産価値も鑑定評価によって証明できる訳ではありません。
ただし、中には慣例上、調査から1年以内であれば証明が有効なケースもあります。
不動産鑑定を依頼すべきシーンを把握しておこう
不動産鑑定と不動産会社による無料査定は、中身は似ていますが用途に違いがあります。
無料査定で十分な場合に不動産鑑定を依頼すると損をする可能性があるので、十分注意しましょう。
不動産鑑定をどのような場合に依頼すべきか、事前に整理・把握しておくことが重要です。