不動産売却によって譲渡益や損失が生じた場合、その結果を確定させたうえで「損益通算」の手続きを行うことが非常に重要です。
損益通算という言葉はサラリーマンの方にとって聞き慣れないかもしれませんが、この仕組みを正しく活用できるかどうかで、最終的な納税額や手元に残る利益が大きく変わってきます。
この記事では、不動産売却における損益通算の基本的な考え方や適用できる具体的なパターン、確定申告との関係、注意点などをわかりやすく解説していきます。
不動産売却の損益通算するパターン
不動産売却で損益通算が認められるのは、一定の条件を満たすケースに限られます。ここでは代表的な3つの適用パターンを紹介します。
なお、ここで紹介するケース以外にも損益通算が可能な事例は存在するため、最終的な判断は税理士やファイナンシャルプランナーなどの専門家、または税務署に確認することが重要です。
- 複数の不動産の譲渡益を通算する
- マイホームを買い替える際の繰り延べ特例
- 特定居住用財産の場合
それぞれの制度や仕組みには適用条件があるため、個別に詳しく見ていきましょう。
パターン1】複数の不動産の譲渡益を通算する
複数の不動産を所有し、同じ年に複数の物件を売却した場合、それぞれの譲渡益や譲渡損を損益通算することが可能です。
たとえば、A物件で500万円の譲渡益が発生し、B物件で200万円の譲渡損が出た場合、それぞれを相殺して300万円の課税対象額として扱うことができます。
この損益通算を行うことで、譲渡益にかかる所得税・住民税の金額を抑えることができるため、納税額の軽減に直結します。
3棟以上の物件を保有している場合でも同様に損益通算は可能であり、特に収益物件や相続不動産を複数所有している方には有効な節税手段です。
パターン2】マイホームを買い替える際の繰り延べ特例
マイホームを売却して新たに住宅を購入する場合、一定の条件を満たせば、譲渡益に対する課税を将来に繰り延べる「特例制度」を利用することが可能です。
特定のマイホーム(居住用財産)を、令和7年12月31日までに売って、代わりのマイホームに買い換えたときは、一定の要件のもと、譲渡益に対する課税を将来に繰り延べることができます(譲渡益が非課税となるわけではありません。)。
これを、特定の居住用財産の買換えの特例といいます。
例えば、1,000万円で購入したマイホームを5,000万円で売却し、7,000万円のマイホームに買い換えた場合には、通常の場合、4,000万円の譲渡益が課税対象となりますが、特例の適用を受けた場合、売却した年分で譲渡益への課税は行われず、買い換えたマイホームを将来譲渡したときまで譲渡益に対する課税が繰り延べられます。この制度を図で説明すると次のとおりです。
引用:国税庁 No.3355 特定のマイホームを買い換えたときの特例
この制度では、現時点での納税を免除されるわけではありませんが、新居を売却するまでのあいだ課税を先延ばしにできるため、手元資金の流出を抑える効果があります。
この繰り延べ特例を利用するには、以下のような要件を満たす必要があります。
- 旧居の所有期間が5年以上であること
- 譲渡価格が1億円以下であること
- 新たに取得する家屋が1年以内に居住開始されていること
- 旧居の敷地面積が500㎡以下であること
なお、この特例は損益通算とは異なり「課税の繰り延べ」であるため、譲渡損失との直接的な相殺効果はありません。制度の違いを正しく理解し、専門家に相談したうえで活用することが重要です。
パターン3】特定居住用財産の売却損を損益通算する
マイホームなどの「特定居住用財産」を売却した際に損失が出た場合、その損失を損益通算することが認められています。
この制度は、売却による損失を他の譲渡益と相殺することで、納税額を減額できる仕組みです。ただし、いくつかの注意点と制限があります。
とくに重要なのが住宅ローン控除との併用ができない点です。どちらを利用すべきかは、控除額や残債、所得状況などを比較検討する必要があります。

- 取得時点で築25年以内である【耐火建築物】
- 取得時点で築20年以内であり、一定の耐震基準をクリアしている※【耐火建築物以外】
- 生計を一にする親族以外からの購入である
- 贈与された中古住宅ではない
※一定の耐震基準をクリアしているとみなされるには、以下の条件を最低一つクリアしている必要があります。
- 耐震基準的業証明書を取得している
- 住宅性能評価書(耐震等級1以上)を取得している
- 既存住宅売買瑕疵保険に加入している
住宅ローン控除は一定の所得があることが前提となるため、年によっては適用できないケースもあります。
不動産売却の損益通算に必要な書類
不動産売却で損益通算を行うには、税務署への確定申告時にいくつかの書類を提出する必要があります。
これらの書類は、譲渡損益の内容や物件の所有状況を正しく証明するために必要であり、提出漏れや記載ミスがあると損益通算が認められないおそれがあります。
以下に、代表的な必要書類をまとめます。
- 確定申告書
- 損益通算の計算書類
- 登記事項証明書
- 住宅ローン残高証明書
これらの書類はそれぞれ役割が異なるため、次から順に詳細を確認していきましょう。
確定申告書
損益通算を行う際に必須となるのが確定申告書です。
不動産の売却によって生じた損失を他の所得と通算するためには、確定申告書に譲渡所得の金額や損失額などを正しく記載する必要があります。
特に、分離課税としての申告になるため、譲渡所得の明細や関連書類の添付が求められます。確定申告書B様式や第三表(分離課税用)を使用するのが一般的です。
申告書の作成には専門知識が必要な部分も多いため、不安がある場合は税理士や税務署に相談しながら進めると安心です。
損益通算の計算書類
損益通算を行う際には、譲渡益や譲渡損がどのように発生したのかを明確に示す計算書類が必要です。
この書類には、不動産の取得費・売却代金・仲介手数料・登記費用・解体費など、譲渡に関連する費用を含めて損益を計算した内容が記載されます。
特に譲渡損失を計上する場合は、細かい支出項目まで正確に計算されている必要があり、数字の整合性や根拠書類との一致も重視されます。
個人で作成することも可能ですが、内容が複雑な場合や譲渡が複数にまたがる場合は、税理士に作成を依頼した方が安全です。
登記事項証明書
登記事項証明書は、不動産の所有者や物件の権利関係を証明するための公的な書類で、損益通算においても重要な確認資料のひとつです。
所有期間や取得日、面積、構造などが記載されており、譲渡所得の計算に必要な「取得時期の証明」として用いられます。
確定申告ではコピーの提出が認められますが、有効期限は発行から3か月以内とされているため、古い証明書を使い回すことはできません。
売却時に取得したものを再利用する場合でも、日付に注意しながら適切なタイミングで再取得するようにしましょう。
住宅ローン残高証明書

住宅ローンを利用して購入した不動産を売却する場合には、住宅ローン残高証明書も損益通算の手続きに必要となります。
この証明書は、譲渡時点でのローン残債額を示すもので、取得費や損失計上の判断材料となります。また、住宅ローン控除との適用関係を確認する際にも重要な役割を果たします。
証明書は金融機関から毎年郵送されるほか、オンラインで発行を依頼できる場合もあります。提出先によっては原本が求められるケースもあるため、必要に応じて紙での保管も検討しておくと安心です。
特に、ローン残高が損益通算の可否や控除の適用に影響する場合があるため、正確な残高証明を取得しておくことが大切です。
不動産売却の損益通算を行う際の注意点
不動産売却にともなう損益通算は節税効果が期待できる一方で、制度の仕組みや適用範囲を正しく理解しておかないと、思わぬ失敗を招くことがあります。
損益通算を行う際には、課税方式や申告条件、他の特例制度との関係など、いくつかの重要な注意点があります。
以下では、特に押さえておきたいポイントを紹介します。
- 損益通算は分離課税扱い
- 3,000万円控除と併用ができない
- 確定申告時に申請が必要
- 専門家に相談が必要
それぞれの内容を順に詳しく見ていきましょう。
注意点1】損益通算は分離課税扱い
不動産売却によって発生する譲渡所得は、給与所得や事業所得などとは異なり、「分離課税」として扱われます。
これは、他の所得とは別に税率が定められ、独立して課税されるという仕組みです。したがって、損益通算を行う際も、この分離課税の枠内で通算される点に注意が必要です。
たとえば、給与所得などの総合課税の赤字と譲渡損益を通算することはできません。通算できるのは、同じく分離課税扱いの不動産譲渡所得同士のみです。
分離課税であるがゆえに、制度のルールを理解せずに申告すると通算が認められないリスクもあるため、税務上の取り扱いには十分な確認が必要です。
注意点2】3,000万円控除と併用ができない
不動産売却において、マイホーム(居住用財産)を売却した場合に適用できる「3,000万円の特別控除」は、非常に有効な節税措置ですが、損益通算とは併用できません。
この特別控除は、譲渡益から最大3,000万円までを非課税にできる制度であり、適用されれば大幅な税額軽減が可能です。
しかし、損益通算との併用は税制上認められていないため、どちらか一方を選択する必要があります。
どちらを適用すべきかは、譲渡益や損失の金額、他の不動産との関係、将来的な売却計画などを踏まえて慎重に判断することが求められます。
注意点3】確定申告時に申請が必要
不動産売却による損益通算を行うためには、確定申告の際に必ずその旨を申告する必要があります。
損益通算は自動的に適用されるものではなく、確定申告書に譲渡所得の金額や通算対象の損失額を正確に記載し、関連書類を添付することで初めて認められます。
確定申告の受付期間は通常、毎年2月16日から3月15日までですが、売却があった年の申告期間を逃すと、その年分の損益通算は適用できません。
期限内であれば「更正の請求」や「修正申告」によって訂正も可能ですが、提出遅れは税制上の損失となりかねません。
特に不動産の売却と確定申告が初めての方は、余裕をもって準備を進めておくことが重要です。
注意点4】損益通算する際は専門家への事前相談がおすすめ
不動産売却による損益通算は、譲渡所得の計算や税務申告に関する専門知識が求められるため、可能な限り税理士などの専門家に相談することが推奨されます。
とくに、複数の物件を保有していたり、住宅ローン控除や特例制度との併用可能性がある場合には、個人での判断が難しくなることが多いため注意が必要です。
専門家に依頼すれば、適用できる控除制度や通算可能な範囲を適切に整理したうえで、最も節税効果の高い申告方法をアドバイスしてもらえます。
報酬が発生する場合でも、将来的な税額軽減によるメリットの方が大きいケースも多く、結果的に経済的メリットを得られる可能性が高くなります。
不動産売却で損をしないためのコツ
不動産売却で損をしないためには、単に損益通算や税金の知識を持つだけでなく、売却そのものを成功させるための準備と判断が重要です。
物件の条件や市場環境に応じて、適切な売却方法・時期・業者を選ぶことが、最終的な利益を最大化するポイントとなります。
ここでは、特に押さえておきたい3つの実践的なコツを紹介します。
- 利用する不動産会社を精査する
- 不動産を売却するタイミングを見定める
- 信頼できる担当者に売却する
いずれも売却活動に直結する要素であり、損を回避するための土台となる行動です。それぞれの内容を詳しく見ていきましょう。
コツ1】契約する不動産会社を慎重に選ぶ
不動産売却の成否は、不動産会社選びに大きく左右されます。売却をスムーズに進めるためには、信頼できる実績豊富な会社を選ぶことが不可欠です。
大手企業だから安心というわけではなく、地域密着型で地元相場に詳しい業者の方が、高値での売却や的確な交渉を実現できるケースもあります。
また、不動産一括査定サイトを活用すれば、複数の会社から同時に査定を受けることができ、条件や対応の比較が容易になります。
単に査定額の高さだけで判断するのではなく、説明の丁寧さや提案の具体性、契約形態(専任か一般か)なども含めて、総合的に評価しましょう。
コツ2】不動産を売却するタイミングを見定める
不動産は経済状況や市場動向によって価格が大きく変動する資産であるため、売却のタイミングを見極めることが非常に重要です。
たとえば、金利の低下や地価の上昇が続く局面では買い手の意欲が高まり、高値での成約が期待できます。一方、景気後退や不動産価格の下落局面では売却価格が伸び悩む可能性があります。
また、所有期間が5年を超えると譲渡税が優遇されるため、節税面でもタイミング調整は有効です。
売却を急ぐ必要がない場合は、経済ニュースや不動産市況の動きを確認しながら、価格が安定または上昇傾向にあるタイミングでの売却を検討しましょう。
コツ3】信頼できる担当者に売却する
不動産会社を選ぶだけでなく、実際に担当してくれる営業担当者の質も、売却成功に大きく影響します。
経験や知識の豊富さはもちろん、売主の意向をしっかりと汲み取り、誠実かつ迅速に対応してくれる担当者であるかを見極めることが重要です。
例えば、相場や売却戦略について分かりやすく説明してくれる、質問に的確に答えてくれる、押しつけがましくない提案をしてくれるといった対応は、信頼できる担当者の特徴です。
一括査定や複数社への問い合わせを通じて、複数の担当者の対応を比較してみると、自分に合ったパートナーが見つけやすくなります。
不動産売却の損益通算のポイントをおさらい
ここまで、不動産売却における損益通算の基本から、具体的なパターン・注意点・必要書類までを解説してきました。
最後に、損益通算を行う際に特に押さえておくべき要点をまとめておきましょう。制度を正しく理解し、申告漏れや損失の見逃しを防ぐことが、結果的に納税額の軽減と資産の保全につながります。
以下の項目を踏まえながら、申告準備や制度選択を進めるようにしましょう。
不動産売却の損益通算はどうやっておこなう?
- 複数の不動産を売却した場合に、利益と損失を相殺する
- マイホーム売却時に「譲渡損失の繰越控除」や「繰り延べ特例」を活用する
- 特定居住用財産として損失が発生した場合に通算を行う
いずれの制度も、適用には一定の条件や申請書類が求められます。手続きを正しく進めるためには、確定申告を期限内に行い、必要書類をそろえたうえで、税理士や税務署に相談するのが確実です。
不動産売却の損益通算を行う際はどこに注意すべき?
特に注意すべきポイントは以下のとおりです。
- 不動産の譲渡所得は分離課税扱いである
- 損益通算と3,000万円特別控除は併用できない
- 損益通算の適用には確定申告が必須
- 所有期間により税率が大きく変わる
これらの条件は状況によって適用可否が異なるため、自己判断せずに必ず専門家と相談しながら対応することが重要です。
不動産売却した際は必ず確定申告をして損益通算をしよう
不動産を売却した場合は、利益が出たときだけでなく、損失が出たときにも確定申告を行うことが大切です。
損益通算は、確定申告を通じて正式に申請しなければ適用されません。損失が出た場合も申告によって税負担を軽減できる可能性があるため、放置せず申告の手続きを行うことが重要です。
また、損益通算の制度を活かすには、不動産会社選びや売却タイミングも含めた総合的な戦略が求められます。複数の不動産会社に一括査定を依頼することで、条件に合った会社を効率よく見つけられます。
正しい知識と準備で不動産売却を進め、損益通算による節税メリットをしっかり活かしていきましょう。